第72回特別企画展 壱岐の元寇展 ~伝・説・語
第72回特別企画展 壱岐の元寇展 ~伝・説・語
(zuroku-025)
令和6年は「文永の役」から750年の年になります。
対馬や松浦地方とならび、特に凄惨な舞台となった壱岐ですが、その詳細は史資料からほとんどわかっていません。
しかし、島内には当時の様子を物語る”遺称”や”痕跡”、”伝承”がいくつも残っています。
これらをあらためて検証することで、当時の壱岐島内の様子を復元していく特別企画展「壱岐の元寇展 ~伝・説・語」の図録です。
※付録:壱岐の元寇MAP
第一章 元寇(モンゴル襲来)のあらまし
・元寇(モンゴル襲来)とは
・壱岐出身の直木賞作家 白石一郎
・展示物紹介
対馬に伝わる「伝モンゴル兵兜」
壱岐に伝わる「至元四年銘銅鏡」
鷹島海底遺跡出土「石弾」
壱岐に伝わる創生玩具「ムクリコクリ人形」 など
第二章 壱岐の元寇
対馬や松浦とともに、二度の元寇によって壊滅的な被害を受けたとされる壱岐。
通説では、住人は一部を捕虜とされ残りは皆殺しに遭い、島は灰燼に帰したと伝わります。
しかし、元寇は、その知名度に反して、その史実の根拠となる史資料が乏しく、
壱岐に至ってはほぼ皆無なのです。つまり、本当の当時壱岐の状況はなにもわからないのです。
しかし、壱岐には現在でも、元寇に関わる地名、塚(墓)、説話が多く残されています。
それらを集約、再検証することで、
霧がかかった「壱岐の元寇」がうっすらと見えてくるのです。